
先日、柔道のウルフアロン選手が新日本プロレス入りを表明しましたね
私も学生時代はプロレスに熱中したファンの一人です
相撲や柔道、アマレスの選手がピークを過ぎるとプロレス入りという流れはよくあることですが、どうしても世間の目はプロレスを正統なスポーツとみなさないところがあります
報道番組でもスポーツコーナーでプロレスは流されません
プロスポーツは観客に見せることにより収益を得て成り立つビジネスですから、観客がお金を払う=お金を払ってもみたいと思う内容にする方向に進んで行きます
今回はビジネスをプロレス興行で考えてみたいと思います
日本で一番多い格闘技選手は柔道ですが、戦後『プロ柔道』という興行がありましたが、お客はあまり入らずビジネスとして成立しませんでした
凄い技量をもっていてもお客に受けなければ興行は成り立ちません
日本のプロレスは相撲出身の力道山がアメリカから輸入したものです
プロボクサーの年間試合数は2~3回で「4回は無理」と言われていますから、ベルトを所有していない限りなかなか収益は苦しいのが現状です
テレビ中継があるのも世界タイトルマッチクラスでないと厳しいので、放送権料も回数的にシビアです
対してプロレスはブームと言われた最盛期は、男子も女子も年間200試合以上行っていました
テレビも毎週ゴールデンタイムに放送されていましたから、かなりの放送権料が入ってきていたと思います
もう周知の事実として皆知ってますが、プロレスにはあらかじめ試合内容の打ち合わせした台本であるブックがあります
『アイアンクロー』というアメリカンプロレスのエリック兄弟の映画でも、試合前に「俺が○○という技で自爆したら○○という技でフォールしろ」と台本の打ち合わせ場面をストレートに表していますし、ネットフリックスの『極悪女王』でも「今日のブックは・・・」と包み隠さず出してます
レフリーだったミスター高橋さんがプロレスには台本があるという暴露本を出しましたが、ファンの反応は「それはなんとなくわかっていた」と言う感じで、団体により差があり、アメリカンプロレスの全日本プロレスファンはよくわかっていたようですが、新日本プロレスは裏切られ感が強くだいぶ観客動員数を減らしました
ブックありきの興行により年間200試合&週一のテレビ放送が可能になり、興行としては成功したプロ格闘興行となります
だからアントニオ猪木さんは他の格闘技と戦い「実際に戦ってもこんなに強い」と世間にわからせる必要があったのだと思います
実際猪木さんも「俺が強い」とは言わず「戦ってみるとプロレス自体が強かった」と業界自体を守ります
豪華絢爛な外人勢を有する全日本プロレスに対して「ジャイアント馬場が絶対できないことをやろう」「それは格闘技」ということから差別化の意味で異種格闘技戦は過熱します
ただ「異種格闘技戦だと何故ロープに飛ばさないの?トップロープから飛ばないの?」などと冷やかされ「プロレスのリングで使う技は出さないじゃないか!」とプロレス八百長論は払拭はできていません
ショー路線か?シュート路線か?
ジャイアント馬場さんの方針は明確で「アメリカンプロレスの掟にのっとり、ブック完全重視の徹底」でしたので、これを支持した人達は『王道プロレス』と評価しました
プロモーターとして馬場さんの悪口を言う人は業界に1人もいないそうです
「客の呼べるレスラーを評価し優遇する」という至極当たり前のビジネスとしてのコンセプトで会社運営をします
プライドやK‐1に出ては痛めつけられている新日本系の選手を見て「皆、格闘技に走るので、私、プロレスを独占させていただきます」という馬場さんらしい方針を打ち立てます
真剣勝負を打ち出したUWFが発足した時も「これは自分のスタイルの中から生まれるべきして生まれたもの」とショーとシュート(真剣勝負)の矛盾に生きる自分の考えを上手く表現できない猪木さんに対して「シューティングを越えたもの!それがプロレスだよ」とハッキリした信念を述べます
馬場さんはシュート(真剣勝負)は行き詰ることを知っていたようです
プロレスの素晴らしいところは「人気のある選手がずっと強い」ことで、馬場さんは還暦を過ぎても勝つレスラーでした
「この選手は強いんだ!」という認知バイアスに支配されたのがプロレスで「ジャイアント馬場は日本一」「ジャンボ鶴田は最強」という、シビアな格闘技ファンからすると「??」でも強いといったら強く、マスコミもそう味方してくれる世界です
馬場さんはファンの認知バイアスをよく理解していたようで、ブレることなくショーとしてのプロレス興行を突き進んだ人といえます
一方、ショーとシュート(真剣勝負)な狭間でブレまくるのが新日本プロレスです
新日本の道場では「シュートが強くなきゃだめだ!」と厳しいシュートのスパーリングをしますが、実際のリングでは使わない技ばかりという矛盾がありました
ただ道場破りなどからは逃げずに徹底して受けては赤子の手をひねるように痛めつけて実力を見せつけます
新日本と全日本を両方経験した選手は「新日本はシビアな真剣勝負形式のスパーリングばかりで、全日本は相手の技を受ける受け身中心だった」「全日本はどんな格上の選手でも技を受けて派手に吹っ飛んでくれる」「全日本は助け合い、新日本はつぶし合い」と語っていました
猪木さんの時代の異種格闘技戦でプロレスが強かったのは、ボクサーや空手家より投げ技・関節技が強く、柔道やレスリングより打撃技が強い格闘技という特性を生かしたからで、ゲームチェンジャーである総合格闘技が生まれてからは完全に分が悪いです
プロレス黄金期の時「今のプロレスブームは新日本プロレスブーム!プロレスファンの9割は新日本ファン」と営業部長だった新間久さんは語っていましたが大げさではなかったと思います
ショーとしてのプロレスファンから、シビアな格闘技ファンまでファン層が広かったのが新日本プロレスでした
「アントニオ猪木が強いのはカールゴッチの指導があるから」という定説ですが、その前から猪木さんはシュートにめっぽう強く、それは高専柔道を徹底して習得したからとも言われます
シュート最強の猪木さんの周りには多くの強くなりたい入門者が増え、厳しい道場での練習により強い弟子たちが育っていきます
アメリカと同じでブック重視の全日本では全て予定調和で事が進みますが、新日本はブック破りが多く、それがエキサイトすることもありますが後味の悪い結末になることもあります
下手にシュートに自信があるため凄惨な喧嘩マッチも多発し、絶対にブック破りのない馬場さんの方がアメリカからの信頼は厚いです
ブックに基づいたショーでも普通の格闘技は相手の技をよけますが、プロレスの場合は派手に受けなければなりませんからこれはこれで大変です
全日本プロレスも四天王時代は「こんな技も受けなければならないのか」という新日本顔負けの過激さでした
シュート路線を進むUWFの迷走
「シュートをやっても強く、ショーをやっても盛り上げる千両役者はアントニオ猪木が一番」とよく聞きますが、それと同等かそれ以上の選手がいます
初代タイガーマスクの佐山悟選手です
武藤啓二選手もこの天才部門に入るかもしれません
あとは「シュートは滅法強いがショーだとイマイチつまらない」か「ショーではわかせられるが、シュートなんてできそうもない」グループに大別されます
当時人気絶頂だった佐山悟さんは物凄い決断をします
「タイガーマスクは自分のやりたいプロレスではない!シュートマッチのみのプロレスをやりたい」とUWFという団体ができます
アントニオ猪木さんは昔から「本当に強い奴だけの真剣勝負のプロレスにしたい」と語っていたようですが実現には至らず、それに賛同していた選手たちがUWFに集まっていきます
佐山選手は新日本でライガーと試合をし、次の日に格闘技系のリングに上がった時「昨日は芝居をしてきましたが今日は試合をします」と発言していましたが、あれだけ人気があっても彼にとってのタイガーマスクは芝居だったようで、このひと言に彼の想いが良く含まれていると思います
私も大いに期待して毎月後楽園ホールに足を運びました
打・投・極の相手の協力なしではできない従来のプロレス技はなく、ロープワークもなく「これが真剣勝負のプロレスなんだ」と感動をし、UWFの出現により新日本も全日本も同じように見えてきました
ウイリーウイリアムス戦あたりから強さの象徴であったアントニオ猪木さんのシュートの強さに陰りが見えはじめ、時代は次の強さの象徴である人物を求め始めていました
「最初の総当たり戦の優勝者は誰だ!前田だ!佐山だ!藤原だ!」という議論に花が咲きますが、優勝者は(いい選手ですが)地味な木戸修選手で、理由はケガが無かったからでした
一緒に観戦していた友人たちからも「新日本の前座の試合みたいだ!俺は迫力のある猪木対ブロディが見たい!」「俺はロードウオリアーズが見たいし、豪華な外人選手の顔ぶれの全日本に行きたい」と言われます
シュートマッチのUWFは月に1試合が限界で、毎週定期的な放送も出来ずテレビも付きません
目の肥えた都市部のファンはいいですが、地方ではやはり「佐山でなくタイガーマスクが見たい」というファンがほとんどで理解されません
年間200試合以上でテレビもついているメジャー2団体と比べれば興行面で大きく難がありました
あえなく第一次UWFは崩壊します
「シューティングを越えたものがプロレス」という馬場さんの言葉の意味がここで理解出来ました
それでもシュート路線はすたれなかった
それでもシュートマッチを見たいファンは多く、第二次UWFが誕生します
新日本プロレスからUWFへ移籍した船木選手は「道場でやっているスパーリングが本物だ!それを見せるべきだ!」と主張しますが、ガチガチの真剣勝負では3分ほどで終わってしまい興行になりません
UWFにもショー的要素がゼロだったわけではないということです
ある日、会場で船木選手と鈴木みのる選手はスパーリング同様の真剣勝負を行います
案の定1分ちょいで試合は決着します
UWF内部でも興業のスタイルで対立があり、これにより三分裂します
船木選手のつくったパンクラスの旗揚げ戦は、秒殺の連続で全5試合トータルで13分5秒で終了し、 メインで船木誠勝が敗北 という結果で終わりますが、この頃になるとシュートに理解を深めた目の肥えたファンも多く生まれ、パンクラスは今でも多くのファンに指示されています
その後、プロレスは多様化していき、メジャー2団体、デスマッチ系、ルチャリブレ系、真の格闘技系などファンの嗜好に合わせたた団体時代になっていきます
大相撲の古来より一本化された興行に比べると、迷走に迷走を重ねたのがプロレスの歴史です
興行とはエンターテイメントビジネスなので、ファンの指示されるか否かになりますから、どの団体が正しいはありません
ショーも、ストロングも、シュートも興行のカラーであり、自分の見たいものにお金を払いますので稼げることが正義です
スポーツ界はいまだにプロレスをさげすんだ目で見ますが稼げる興行をしているのは格闘技ではプロレスです
画家も漫画家をさげすんだ目で見ますが稼げるのは漫画家です
正統か否かは精神の問題で、現実は稼げるか否かです
アメリカで生まれたショービジネスであるプロレスを純粋に守ったのが馬場さんなら、他の格闘技界の人にばかにされない路線を作ったのが猪木さんからの流れです
馬場さんも猪木さんも「配下の選手を食わせていかなければならない」という現実からいろいろ妥協もあったと思います
力道山が創設し、馬場と猪木の路線に分かれ、さらに細かく分かれて多様化していったのが現在のプロレスです
あらゆるスポーツの興行で、ここまで試行錯誤し多様化した興行はないのではないかと思います
本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました