人事からみた採用とキャリアアップの実情

長年の採用・教育経験から新卒就活、転職、シニア転職、キャリアアップを企業側からの目線で情報発信していきます 

制脳権を守れ

制海権や制空権だけではない今の戦争

戦争では海の制海権、空の制空権を失い、最後は陸上勢力による面の制圧で終わりとなります

これは今でも同じですが情報社会が大きく発展した現代では、銃弾が飛び交う武力による衝突ではなく、心理戦・情報戦を含む「認知戦」の中核概念として扱われる制脳権が静かに失われていきます

制脳権とは感情を利用して大衆の認識・認知を操作し、認知空間を支配する力を指す概念であり、2014年に中国人民解放軍系の研究者によって初めて提起された用語です 

中国と言うと暴れん坊のイメージがありますが、戦争を仕掛けることはなく、歴史を見ても攻められる方の国家です

「南シナ海の島々を不法占拠してるじゃないか!」というかもしれませんが、あれは海上民兵で、いやゆる武装した漁船団です

詭弁ですが軍隊は出さないのは戦争に発展しないためです

その昔、カンボジアと戦争している最中のベトナムに攻め入りましたが、あれは古来からある南蛮討伐で戦争ではありません

ベトナムの留守番兵に一方的にひどい目にあわされています

中国は地政学でみればわかりやすいですが、最も危うい位置にある国家です

「戦争はしたくないが覇権は握りたい」という姿勢であり、必然的に認知戦のような血を流さない戦いにシフトしていきます

 

台湾に比べるとお花畑の日本

台湾も領地化したいのですが戦争になるのは嫌だ!

となると認知戦になりますが、危機感の強い台湾国民は年々情報を見分ける能力が増しています

台湾内の「中国と一緒になるべきだ!」という政党を選挙で勝たせ、スムーズに中国に取り込みたいところですが、台湾国民は中国が仕掛ける認知戦に対し非常にシビアです

対する日本はオールドメディアが中国の影響下に入っています

下図は須田慎一郎氏のYouTubeからですが、右が偏向報道がひどいメディアのゲストの集計結果で、左がAIがランク付けしたものですが、ほぼ一致します

「テレビなんてオワコンでしょ?!影響ないよ」と言いますが、70代80代90代は視聴していますし、この方々の多くは必ず選挙に行きます

確かに麻生政権をこき下ろした時のオールドメディアの影響力は90%以上でしたが、高市政権誕生の頃の影響力は5%ないと言われていますが、必ず選挙に行く層にはまだまだ影響力があります

「テレビは○○しながらのながら見が多い」「お年寄りは寂しいからつけているだけで見てはいない」とはいうものの、偏った情報を摺り込まれています

情報はオールドメディア一択という人はまだまだいます

特にひどいのはチャイナ朝日・TBS・NHKです

読売新聞系の日本テレビと産経新聞系のフジテレビはまだいい方ですが、中国の真実は流しません

年々広告収入が減少し、チャイナマネーに頼らざるをえないとしても、中国の認知戦に使われているのは恐ろしいことです

台湾国民に比べると日本国民の危機感はまだまだお花畑です

情報リテラシーが唯一の防御策

「日本のレールガンは素晴らしい」「新型ミサイルは超優秀」などを語り合うのもいいですが、水面下で大規模におこなわれている認知戦に対する危機感をもっと考えるべきです

中国からしても「台湾は認知戦に対する防御が鉄壁だが、日本はちょろい」と思われています

高市政権になってやっと国旗損壊罪やスパイ防止法ができるありさまで、50年遅いです

媚中政治家、媚中メディア、媚中大学教授、媚中ユーチューバー、媚中政治評論家がうようよいます

媚中はもうかるからです

日本国民は台湾国民に比べると制脳権が侵される率ははるかに高いです

中国が稚拙な圧力をかければかけるほど高市政権は強くなり、やがて地政学者のジョージフリードマンが予測するように、東洋一の軍事国家になるでしょう

開国したばかりの明治の日本は西洋列強にアジアが次々に植民地化されていることに強い危機感を持っていました

特に南下するロシアに対して強い危機感を持ち「富国強兵のために重税にも耐える」という危機意識が生まれます

日清・日露戦争に勝利すると傲慢さが出て来て、新聞社にたきつけられ太平洋戦争に誘導されてしまいます

戦後は「いざとなればアメリカが守ってくれる」という時代が長く続き、すっかり平和ボケした日本人は認知戦の格好の標的です

選挙に必ず行く年寄は変更情報を大量に摺り込まれている

情報リテラシーが高い若年から壮年は選挙にいかない

というのが現実です

真の意味で認知戦に対する危機感が生まれれば、先日の沖縄選挙のように若者の投票率が大きく伸びると思います

 

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社会は全員が投資家でも困る

投資家になる道は絶対に教えられない

世の中のルールは賢い一部の人達によって創られたものです

国家指導者達は国を運営する仕組みを最優先に考えますので、江戸時代の『五公五民』のように、半分国家で半分は働いた人の取り分のようにルールができます

日本の優れたところは源泉徴収というシステムでまず給料から税金を取り、手取りというものを従業員に渡します

その手取りからも消費税、ガソリン税、酒税、たばこ税などなどもろもろ引かれて『五公五民』に近いカタチになります

給料がでると贅沢な食事などしますが、しばらくすると「早く給料日にならないかな」となるラットレースのように暮らしている人は多いです

学校を出たら働く率は日本は世界一なので、この辺は日本の教育や同調圧力の賜物でありがたい点です

国家にとって勤勉に働く国民と、とりっぱぐれのない税の仕組みを作ったという点では日本は超優等生の国と言えます

「大いなる和の国、大和」というだけのことはあり、老人になっても「まだまだ社会の役に立ちたい」「まだまだ社会とつながっていたい」というシニアは多く、70歳の半分が働いてくれています

その反面、アベノミクス以降は富裕層が増え続け、現在過去最高の数となっています

『水は高きより低きに流れる』ものですが『富(お金)は知のないところから知のある所に流れる』ものであり、富裕層と庶民層の差は努力の差でも真面目さの差でもなく、知識の差ということになります

この仕組みは学校では教えてくれません

私は企業で若者の教育・研修の仕事をしていましたが、勤勉・組織に忠実・努力は美しいものだと摺り込んできました

当たり前ですが企業教育などは企業にとって都合のいい人間を創るためにするものです

ではどうすれば『経済的自立=働かなくてもいい状態』になれるのか?

現実的にFIREは40代

『三菱サラリーマンのFIRE』という30歳で経済的自立をして会社を辞めた方のブログがバズったことがありました

「つらいサラリーマン人生から離脱できる!素晴らしいバイブルだ!」と考えた若者も多いでしょう

私は採用・教育の仕事をしていたので「これを見習って若者が全員投資家になったらどうしよう?」と考えてしまいます

「全員が働かなくても食べれるようになったら大変なことになる!不人気職から人がいなくなってしまう!」と考えましたがそうはなりません

三菱サラリーマンの方は給料の85%をインデックス投資につぎ込んでいましたが、多くの若者は給料日前にほとんど使いこんでしまいます

同じグループの不動産会社の人事の人が言っていましたが、FIREする年齢はそのほとんどが40歳中盤から50歳中盤で、30歳でFIREなど聞いたことがないそうです

企業としては散々教育や現場経験で育てた若者が30歳で辞められたらたまったものではないですが、40代なら大企業なら早期退職制度が始まる年齢で「役職が空いた」となるし、50代なら双方が「役職定年が始まるからちょうどいいや」となります

退職金も少なくて済みますし、40歳~50代は企業によっては早期退職制度&役職定年の年齢であり、その昔、某大手の社長が「サラリーマンの定年は40歳が望ましい」と言ったことがあります

もちろん企業差はあり、40歳定年が望ましい企業もあれば、働けるうちはずっといてほしい企業もあります

現実のFIRE実現年齢は早期退職制度の年齢と被るので、よほどの人手不足企業でない限りありがたい年齢になります

40代中盤から道は分かれていく

人は意外に「労働から解放されたい」とは思っていません

植民地を多く持っていた国は「労働は奴隷がするもの」という考えが強く、早くリタイアを望みますが、日本人はそうではありません

なかには「歯車のように人の命令で生きる方が生きやすい」という人は多いです

株主や経営者は利益の分配が大きいからといって、もし倒産すれば大きな損失をこうむりますが、従業員は何の損失も責任もなく身軽に次の職場に行けます

また「仲間がいないと寂しい」「どこかに所属していないと寂しい」という人も多いので、完全な自由・独立を望んでいる人は2割か3割で「経済的自立?50歳過ぎでいいよ」

自分の例で見てみれば「会社には育ててもらった義理がある」「もう学生時代の同級生と付き合いはなく、友人は会社の同期だけ」「見捨てられない部下がある」などの情の部分が大きくて、安易に退職できないものです

『30歳でFIREは超レアけーすで、半分以上は従業員が生きやすいと思っており、FIREしたとしても早期退職や役職定年の年代となる』ということになりそうです

一方、寿命は延び続け社会の変化も激しいので『給与所得と投資利益の二刀流』は増えていきそうです

ただし金融知識と先を予測する目はIQと比例し、10年で3づつIQが伸び続けるのであれば、α世代以降の人間はどう考えるのかは予測できません

 

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共産主義誕生から100年でどうなった

選ばれし優れたものが社会を引っ張る 

先日私の大学の卒論が見つかりました

第二次世界大戦後は民主主義&資本主義であるか、社会主義&共産主義であるかの大きく2つにわかれた世界でした

私の卒論のテーマは「比較経済論」でしたから、どちらが優れているかになりますがゼミの教授は東大出身で、東大出身者は何故か共産主義を高く評価する人がいます

同級生に聞いたら

「試験で選ばれた最も頭のいい人間が国を動かすという点に共感してるんだよ」

「民主主義で選挙で選ぶなどは頭脳より人気で人選が決まる恐れがある」

「民主主義だと優れた人間もそうでない人間も一票は一票になってしまう」

頭脳明晰な人たちは、その『選ばれし者が国を動かし、そうでないものは黙って従ってろ!』という仕組みがお気に入りのようです

ただ入れる頭は学力テストで測れるが出す頭は別物で、社会に出たら出す頭の方が重要だというのが私の採用・教育・営業管理職の経験上での持論です

まして徳の大きさで測る人間力が評価対象にありません

明治時代初期に岩崎弥太郎が「選び抜かれた賢いものが経済を引っ張るべきだ」と主張するのに対して、渋沢栄一は「民の知恵と力の結集こそ素晴らしい国を創る」と反発したのに似ています

19世紀にカール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスが『共産党宣言』や『資本論』を提唱し、20世紀のロシア革命を経てレーニン主義やマルクス・レーニン主義として発展し、社会主義を経て最終的に共産主義社会に到達するという二段階論が提唱され100年以上が経ちましたが、結局のところ共産主義とはどうなのでしょう?

美しい理想から始まった共産主義

先日の日中友好会談で散々習近平をもてなしたトランプは、習近平が中国に到着すると同時に✕に「我々の最大の敵は共産主義だ!」と発信し、台湾に新型のF16が届きました

資本主義陣営と共産主義陣営は21世紀の現代でも交わることはないということです

マルクスが共産主義を主張しだした当時の資本主義社会では、労働者が低賃金で長時間働く一方、資本家が富を独占し贅沢三昧の格差社会でした

マルクスはこの構造を「搾取」と呼び、革命による全員が平等の社会変革を主張します

なんせ当時の労働者の平均寿命は30歳ですから、今でいえば経験を積み重ねこれから企業の主力になる年齢で人生を終えることになります

これを目の当たりに見ていたマルクスは全員で稼いだ富は全員平等に分配するというシステムを考えます

人間というものは美しい言葉で動くわけではないおもしろい生き物で、私も支店長時代に赴任した支店の入社6年目くらいの社員が、3年続けて後輩の方が先にチーフになっている現実から「平等に扱ってほしい」と言われます

これには昇格基準の事績による線が明確に引かれていたので説明すると「前の支店長と同じだ・・・結局実績なんですね」と落胆していました

同期の支店長が「不美人は平等を望み、美人は不平等を望むものだ」というので聞いてみると「不美人は必ず平等に扱ってくださいと言ってくるし、美人はひいきされて当たり前だと思ってる」とのこと

下にいくほど人は平等を求めるようです

言われてみれば、勝って勝って勝ち続けた人間から「平等を望む」とは聞いたことがありません

個人的には『法の下に平等と1日24時間で時間は平等であること以外不平等』で仕方がないと思います

現在、共産主義を掲げる国は、中国・キューバ・ベトナム・ラオス・北朝鮮などで少数派です

最後は国家が巨大な牢獄になる

「格差社会を創るのが資本主義であり、全員平等に貧しくなるのが共産主義」とは乱暴な言い方ですが大方あたっています 

「社会主義の延長に共産主義があり矛盾していないが、自由平等の民主主義と格差拡大の仕組みである資本主義は矛盾している」という人もいます

ただこの矛盾は織物でいえば縦糸と横糸を微調整しながら織り進めるように、雇用のルールや税の仕組みなどで格差を少しずつ弱めて改善いきます

平成時代の多くのハラスメントの登場は、同期の支店長など「ハラスメントで訴えられたらほぼ負ける」と怯えていましたので、上が弱まり下が強くなることにより力の格差も徐々に解決していきます

矛盾と闘うことにより資本主義は残酷だった格差を平等に近づけていく一方、平等なはずの共産主義は残酷な格差を創っていきます

共産主義では有能な人間も努力した人間も報酬が一緒なので、効率性の低下や資源の浪費が生じやすくなります

共産主義体制下では一握りの管理する人間が強い力を持ち、個人の利益よりも社会全体の利益が優先されるため、個人の自由や創造性が制限され『思想や言論の弾圧』『徹底した管理社会』『人権がない』『選挙がなく国家権力を選べない』など、平等なはずでスタートしたのに、管理する側と管理される国民の格差はどんどん広がります

国家が管理すると個人の才能や能力を最大限に活かすことが難しくなり、社会全体の活力が低下します

 中国では「台湾有事は日本の存立危機になる」と発言した高市総理が国会であんなに叩かれていると連日放映したそうですが「日本は素晴らしい!国家のトップでもあんなに批判できる・・・わが国でトップ批判したら死刑だ・・・」と多くの人民が感じたそうです

中国ではとうとう国外に出ることも不自由になり、国の監視カメラはすごい勢いで増えていき、国家に都合の悪い発信は消され場合によっては逮捕される管理社会が日に日に強まっていきます

中国に招かれた竹中平蔵さんが日本のバブル崩壊から立ち直ったアドバイスをしたそうです

「銀行が潰れだす」「デフレになる」「企業もつぶれる」「若者が就職できなくなる」

早く手を打たないと日本が30年かかったものが50年、100年になると言ったそうですが「国の指導体制が間違っていたことになる」と面子を重視し、いまだに手を付けていません

銀行は400行以上潰れ、企業はバタバタ潰れ、外国資本は逃げ出し、深刻なデフレは年々強くなり、若者は「卒業式でなく失業式」と仕事がなく未来もありません

「国外逃亡は許さない」と制限を加え、「中国で消費しろ」と海外の中国人をだまし討ちのように呼び戻し、罰金を多く科して国家財政を支えようとしています

「いずいれは大きな北朝鮮になる」と言われていますが、平等を夢見た社会は大きな牢獄になっていきそうです

 

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日本の左派は存在意義がなくなっていく

若者まで右派に?

的を得た言葉なので私は英国元首相のチャーチルの「若い時にリベラルでなければ情熱が足りない!年をとって保守でなければ頭が悪い!」をよく使うし、全くもってその通りだと思っています

と思いきや大学を出て2年足らずの長男に「うちの所長が言ってたけど、左派系の学生なんぞ採用しないらしいよ」と言われます

「若いうちは左派に傾斜するのではないのか?」と思い周りを見ると、若い社員に左派系思考の人間がいません

今の20代30代はそもそも左派系の巣窟であるテレビを見ません

「IQは10年で3づつ上がる」といいますが、彼らのIQでは子供だましのメディアが見ていて稚拙でバカバカしいと思えるようです

そういえば真っ当思考で社会に反発する情熱が皆無に見える、悪く言うと若年寄のような社員ばかりの気がします

最近は70代もテレビ離れが激しいようで、新聞店もバタバタ潰れています

テレビはコメンテイターに左派しか使ってくれませんが、自称左派も40代前後になると保守目線の発言が増えてきます

40代は左派から右派へ脱皮する年代かもしれません

中国が総力を挙げて裏から応援してきた沖縄選挙も、若者の投票率が上がると一気に保守に変わります

沖縄から台湾、フィリピンまでの第一列島線の確保が重要な為、認知戦に多額の資金と労力を費やしてきた中国からすると悔しくて発狂したい気分でしょう

「共産主義者などお断り!ハニトラ、マネトラの連中よ、恥を知れ!」という若いパワーを感じます

辺野古の転覆事故でも、親の抗議など耳を貸さず「たとえ親子でも別人格!子供の意思を尊重すべきだ」と言いますが、当の女子高校生は「南の海でサンゴや熱帯魚が見れるらしい」と平和教育など聞かされていません

「亡くなった女子高生の為にもこの平和教育を継続しよう」と自分たちに都合よくすり替えていますが、親からすれば「イデオロギーの強い人たちに利用され死に到った」としか思えませんし、若者からすれば「こいつら狂ってる!」としか見えません

時代が左派を必要としていない

戦後の日本は左派が増えていきます

「国家が無謀な戦争に導いた」

「うちの子供は戦地に強制的に向かわされた」

「若者に特攻攻撃までさせた」

「罪のない一般市民が大勢死んだ」

「国の指導者は信用ならん」

帝国主義から民主主義に変わると当然「権力は悪」「監視や反発・反抗が必要」となるのはよく理解できます

私の新入社員時代は既に平成でしたが昭和の文化は色濃く残っており、営業支店に出てからの最初の支店長は過労死です

葬儀に受付を担当しましたが「最後まで数字にこだわり続けた!支店長の鏡だ!」という50代社員に対して、泣きじゃくる支店長の子供達を見て若い私は「会社都合の理屈だ!」と権力への反発をおぼえます

昭和文化の強い時代は「若いうちは体制への反発が強い」のはごく自然だったような気がします

平成という時代に数々のハラスメントが厳しく取り締まられ、男女の格差もなくなり、岸田・石破左翼政権ができても選挙で変えることができる

令和になり人手不足となるとブラック企業はホワイトに変わるか?人手不足倒産するか?で減っていきます

裏金問題も潰し、新しい高市政権は「独裁国家には屈服しない!」という姿勢を見せると共に、スピーディーに日本を前に進めています

財務省人事も容赦なく行い、実力者が結果を出す内閣になり、あら捜し専門の批判政党議員は激減し、世界の指導者達はこぞって高市詣でに来日し、長い年月をかけて日本の成長戦略の礎を築いている

「やばい!国家も社会も良くなってきてケチをつけるところがない!なんかないか?なんかないか?」と存在感がなくなり右往左往しているのが日本の今の左翼です

メディアは「日本人の給料はいまだに低い!」と情報操作していますが、情報リテラシーの高い若い世代は「若者の初任給は過去最高の30万円代!シニアや女性のパートが人手不足で増えて、人数で割るから低いように見えるだけ」と左派オールドメディアのカラクリを見抜いています

日米首脳会談も米中首脳会談もオールドメディアは「中国素晴らしい!日本は敗北!」という印象操作をしますが、ネットで真実を知っている若者は「この人達は日本が良くなっていくことが悔しくてしょうがないんだな」と冷ややかに見ています

中国のお陰で高市政権が誕生しましたが、オールドメディアの偏向報道のお陰で若者が保守になったのかもしれません

日本の場合、いい年をして左派の人間はだんだん存在価値がなくなってくると思います

体制への反発が中心で愛国心がない

エジプト人のフィフィさんは本国では左派だそうですが「日本の左派は愛国心がない!全く共感できない!」と言います

ウクライナのナザレンコ・アンドリー氏は「日本の左派は日本が良くなることに嫌悪感があり、歴史問題を日本の名誉が傷つくように捻じ曲げるし、国際問題でも日本と対立する国を支持する」と言い切っています

海外の左派の方々も「日本の左派と一緒にしないでほしい!」と害虫扱いです

この姿勢なのでオールドメディアから人が離れていくのです

ホワイト化した企業が若者の採用でも「悪いのは俺のせいではない!企業が悪い!国が悪い!社会が悪い!」という左派独自の原因他人論の人間を嫌うのももっともかもしれません

歴史的に左派が多い沖縄県を右に傾斜させたのは沖縄の若者たちです

個人的には最も希望の光を見た選挙でした

国家は滅亡が近ずくとどんどん狂暴化していきますから、経済が沈下し続け、雇用は消滅し、多くの国が離れていくこれからの中国は日増しに狂暴な国家になっていき、最終的にはでっかい北朝鮮化していきます

日本の左派は「自分は正しい」という姿勢は変えませんので、話し合いは意味がなく、防衛力強化は至極当然の流れです

これからの世界で注目の国は地政学的に、トルコ、ポーランド、日本だと言われます

アジアとヨーロッパを結ぶトルコ

ならず者国家ロシアを抑える入口のポーランド

特に狂暴化してくる中国の太平洋進出を抑える日本は世界有数の軍事国家になると言われています

中国は亡びる最後には非常に狂暴化し、北朝鮮は既に狂暴化し、ロシアも戦後経済はボロボロになるのでこの三国は世界の不良グループになります

中国のことは言えません、日本も太平洋戦争末期には特攻・一億総玉砕など滅びるまで狂暴化していました

日本は地政学上、狂暴化する三国に囲まれている為、これからは台湾とフィリピンとの連携も重要です

中国が発狂し全世界に発信している『新型軍国主義』にはなりません

他国も日本が侵略してくるとはゆめゆめ思っていませんが、攻撃すると痛い目に合う国にはなります

チャーチルの言葉にある「若い頃は左派、年をとって賢くなると右派」ではなく、今の日本人は「社会人になると右派」となるようで、日本の左派は「つまらぬ人生を送ってきた大人のいじけた叫び」となっていきそうです

成熟した文明国では「世の中変えなくていいことが8割」「モデルチェンジは明治維新と帝国主義から民主主義に変わったことくらい!あとは小変更を何度もするくらい」といいますから、保守の方が比率は高いのかもしれません

今までは「金のことばかりで仕事しない政治家」「社員を消耗品のように扱う企業」「女性や弱い人間を下にみる社会」に対しての反発が左派の存在意義でしたが、政治はクリーンかつ有能な高市政権で、企業は平成という時代のフィルターを通しハラスメントはなくなり人手不足から若者の給料は上がってきています

日本の左派は「日本は脱皮を重ねて良くなった!じゃあ俺も保守になるか」とはなりません

「俺は正しい人間だ!」「社会の悪を批判攻撃する正義の味方だ!」という姿勢は崩れず、良質細胞まで攻撃するガン細胞にようになっていきます

日本は治安もよく、マナーも守り、楽しい文化も美味しい食事もたくさんあり、それは40年後も変わらないと思います

国を出たがる若者が90%以上の中国や韓国と違い、日本の若者は逆に90%以上が日本を出たがりません

オールドメディアがいくら日本の未来を悲観的に報道しても、賢い若者は『老害左派老人達の遠吠え』とノイズとして処理してます

麻生政権を転覆させたときはテレビの影響力は90%以上あったとされてますが、今や5%ほどの影響力しかないと言われてます

今回の沖縄選挙や高市政権の歴史的圧勝がそれを物語っています

日本の左派はケチのつけようのない社会に変わってくると、ケチつけなくていいことまで攻撃し、惨敗すると見苦しい敗戦の弁の連発が若い世代に嫌悪感を抱かせます

戦後100年目辺りで老害左派はバタバタあの世に行き、日本は1世紀かけて脱皮を果たし『大いなる和の国=大和』の精神をもって、新しい保守国家になっていくと思います

 

本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました

 
 

自己実現欲求とどう向き合うか

欲求は変化していく

「なかなか内定がもらえない」「会社が倒産した」「リストラされた」といういわゆる生きる為に必要なお金という水源が断たれると人は大なり小なり狼狽します

人が生きるうえで最も重要である生理的欲求・生存欲求が欠乏するからです

就職が決まる=定期的に金銭が入ってくる状態になると生理的欲求・生存欲求が満たされ精神的に安定します

会社に入れば次は継続か退職しかありませんが、人の欲求はだんだんと変化していきます

生存欲求が満たされると次は安全の欲求です

「この上司ではダメになる」「この人間関係は危険」「この仕事では精神を病む」「過労で身体が壊れる」など安全でない環境からは離れようとします

私は新卒採用の採用企画部でしたが、お隣の人事部では①各支店・部署ごとの離職率②各支店長・各課長ごとの離職率を密かに出していました

仕事が出来る出来ないとは別に『人を害する奴は危険人物』としてマークしているようです

次に人のもつ引力本能・・・いわゆる子供でいえば「ママ!見て見て!」という「こっち見て」という社会的欲求や承認欲求です

「めんどくさい欲求だ」と思うかもしれませんが、これがない部下は静かに扱いづらいです

人の性格は陰陽の幅が広くて、積極的にアピールしてくる人間は気が付きやすいですが、黙々と仕事をこなしている部下には注意が必要で「誰にも名前を呼ばれない」「誰にも感謝されない」日々が続いたりすると寂しさからテンションが大きく下がったりします

ここまでは欠乏欲求で満たされない部分は欲求不満になります

欲求が変化するということは退職理由も変化するということです

欲求は子供の遊びの変化と同じ

最初は「入社してお金がもらえるようになり満足だ!」という社員が「人間関係が悪い」「評価されない」と不満が変化していきます

それとマズローの欲求五段階説とは言いますが段階を経ていくわけでもなく「結婚するのにこの給料では少ない」「今までよかったのに次の課長は合わない」と下方向の欲求に戻ったりもします

「人はいちいち変化して面倒だ!」などと思わないでください

赤ちゃんの頃あんなに愛用していたおしゃぶりは小学生になると見向きもせず、小学生の時あんなに遊んでいたおもちゃは高校生になれば見向きもしません

見るドラマや映画も、聞く音楽も年と共に嗜好も変わっていきます

その欲求の中で最も満たすのが難しいのが自己実現の欲求です

どうやって自己実現欲求を満たすか

金銭的に安定し、環境も安全で精神も肉体も安定し、皆に頼りにされる存在になった次に生まれるのが「俺は本当は何がしたいのだろう?」という欲求です

私は研修では会社に都合がいい「勤勉は美しい」「組織に忠実なのは頼もしい」と摺り込みますが、本来人は真面目に生きるより楽しく生きたいのが核心にある欲求です

明日で地球が終わるとする時「もっと残業すべきだった」と思うでしょうか?

「もっと楽しいことをすればよかった」

「食べたかったものがたくさんある」

「行きたかった場所がたくさんある」

「欲しかったものがたくさんある」

と思うのが普通ではないでしょうか?

自己実現欲求だけは欠乏欲求ではありません

「仕事が無いからお金がない」⇒「人間関係が良くない」⇒「自分の評価に不満だ」をすべて満たした後最後に来るのが「この仕事は自分がやりたかった仕事だろうか?」という疑問にたどり着きます

自己実現欲求をどう満たすのか考えてみます

プロスポーツ選手やアーティストで食えるのはごく一握りの人達で、大概の人達は普通の社会参加で生きていきます

 

1.会社で自己実現

企業への就職は最初から会社という箱ができていて、人・モノ・金が揃っていますので最も危険の少ない安定した生き方ですが、パーフェクトな自己実現は難しくなります

松下幸之助さんが言うように「自分の好きな仕事を探すのではなく、縁あって働くことになった仕事を好きになるのだ!」というように解釈を変えて、思考力で自己実現欲求を満たすしかありません

そもそも欲する人がいるからあなたの会社の商品もサービスも売れるわけで、その会社の仕事は社会から求められているのです

「○○で社会に貢献している」と思考を変えることはどこの会社でもできることです

以外に企業はこの辺を社員に擦り込んでいません

夫婦2人でやっていても大繁盛の商売はありますから、企業に大きいも小さいもありません

 

2.休みの日に自己実現

あらゆる生物は「食して生命維持をする」ことと「子孫を残す」ことのみプログラミングされていて、この2つは快楽により誘発されますが高等生物になるほど「遊ぶ」ということを欲します

犬や猫のおもちゃはあっても金魚のおもちゃはありませんから、魚に比べ犬・猫は高等生物と言えます

最上級の高等生物である人間ともなれば十人十色で様々な楽しみ方があります

「好きなことをやりたいから休みの多い会社がいい」というのは昭和では不謹慎ですが、令和では最も自然な欲求と言えます

人は勤勉に生きたいのではなく、楽しく生きたいのです

 

3.独立して自己実現

自己実現は難しいが安定している従業員とは違い、自己実現はしやすいがリスクも高いのが独立自営です

「努力は夢中に勝てない」と言いますが、好きだから夢中になれるは最高のエネルギーです

フレンチの若手たちが元プロレスラーでデスマッチ王の松永 光弘さんがステーキ店経営をした時に書いた『デスマッチよりも危険な飲食店経営の真実』という本を話題に話し合っていました

リスクは高く甘くはないが「一国一城の主で自分の腕を振るいたい」という夢は皆、持つようで自己実現欲求のど真ん中といえます

 

4.FIREで自己実現

「好きなことをやるために休みの多い会社・・・」ではなく「好きなことをやるために人生全部休みにしちゃえ」というのがFIREです

学校を出たら「小説家になりたい」「ミュージシャンになりたい」「画家になりたい」といえば大概の両親や大人たちは反対してきます

反対する大人だけでなく本人も「食えるようになる確率は極めて低い」とわかっていますから、経済的自立をして食える状態にして好きなことに打ち込む生き方です

ただFIREの実現は40歳前後となり、その為には20代・30代に極度の節約生活を強いられ、多くの楽しいことを我慢しなければなりません

『アリとキリギリス』という童話は日本では「遊び続けるキリギリスと働き続けるアリ」という設定で、悲惨なキリギリス対勝者のアリという物語ですが、国によって「ただただ働き詰めの人生で楽しいの?」とキリギリスがアリに問いかけており『どちらの人生が幸福度が高いか?』を子供たちに考えさせ、勤労と遊びのバランスを問う物語だそうです

これでいくと「アリのように何十年も楽しみを抑え込んで働く」のがFIREで、適度にアリにもキリギリスにもなるのが一般的な生き方になります

例えば「40歳になったら小説に没頭するんだ!」というこだわりが強烈な人には向いています

欠乏欲求は企業にも責任がありますが、自己実現欲求は全く自分一人の力で解決するものだと思います

 

本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました

 
 

庶民は2代~3代かけて富裕層になる

富裕層の定義とは

日本で一般的に使われる「富裕層」の定義は、野村総合研究所によると「純金融資産1億円以上5億円未満の世帯」だそうです 

純金融資産額による分類は5段階あり

1.超富裕層:5億円以上 

2.富裕層:1億円以上5億円未満

3.準富裕層:5,000万円以上1億円未満

4.アッパーマス層:3,000万円以上5,000万円未満

5.マス層:3,000万円未満 

だそうで、超富裕層と富裕層合わせて約3%で、マス層は80%前後だそうです

でもアベノミクス以降、富裕層は増え続け今は戦後最大の人数がいます

これはすぐにお金に変えられるものなので土地や美術品などは含まれず、現金預金や株や金などの総計になります

よく大手企業の早期退職で「50歳で辞めたら退職金7,000万円でた!これで俺も富裕層だ!」と一瞬気が大きくなりますが、これが想像を絶するスピードで減るのです

「お金があるほどえらいのか!」と言いますが「ボロを着てても心は錦」の人は大勢おり、お金の多さと人間的価値観は関係ありません

私が大学に入る頃に父が倒れ働けなくなり母が何とか私立大学の学費を工面してくれていましたが、4年生の時にどうしても払えない時がありました

母は学園経営もする伝統工芸士で、とある会社社長夫人の家に「少しは学費の足しになれば」と屏風を売りに行きます

だいたい20万~30万くらいらしいのですが、そこのご婦人は「ご子息の学費はいくら?130万?じゃあ130万で買わせてください」と購入してくれたそうです

おかげさまで大学を出ることができましたが、富裕層の人はテレビドラマで描かれるような強欲な人はおらず、大概の方はこのようなお金の使い方をします

「金持ち喧嘩せず」といいますが、心が広く性善説の方が多い気がします

1代で富裕層は一部だけ

日本人の5割はカツカツの生活をしており、老後も「年金だけじゃ生きるのが精一杯だ!」となってます

毎月の給料日前には資金は底をつき、給料日にはATMに走ります

左派は「苦しいのは会社のせいだ!国のせいだ!」と騒ぎ、右派は「稼ぎが悪い自分が情けない」と自分を責めます

これは国のせいでも自分の努力不足でもなく、マネーリテラシー=金融知識の差です

『富(お金)は知のないところから知のある方へ流れていく』のです

お金の流れる仕組みを知る

水源(収入)は多ければ多い方がいい のです

私の以前いた会社で早期退職をした時に、20年先輩のFさんと17年先輩のYさんがいました

お二人共なかなかの金額の退職金を手にしました

Yさんは築20年の家があるにもかかわらず「広い庭が欲しい」と土地を買い新たに住宅を建てます

家族は「都市部でないので仕事に不便だ」と旧住宅に住み続けます

車も「最後の贅沢だ」と高級車を購入します

「長きに働いた自分へのご褒美」などというとお金はどんどん減り続けます

一方のFさんは後輩で一緒に早期退職をした人が新車のジャガーを買おうとしたときに「大金が入って気持ちが大きくなり大きな出費する奴はバカだ!」とやめさせます

10年後に聞いた話では「株で月70万入ってくる仕組みを作ったらしい」と聞きます

アクティブ投資なら天才としか言いようがなく、インデックス投資なら2億円以上の資産を創ったことになります

この資金と金融ノウハウはそのまま息子さんへ引き継がれ、2代目そじて3代目はさらに富裕層へなっていくはずです

大金が入ると凡人は大きな買い物で消費し、富裕層になる人はマネーマシンを創ります

マネーリテラシーの伝達 

迫害の歴史を持つユダヤ人は『金融知識こそ資産!金融知識こそ受け継がせるべき!』と代々マネーリテラシーを伝達していきます

強盗や悪政で全財産を失ったとしても何度でも再起できるノウハウがあり、頭の中の知識は奪われません

若者の中で『NISA貧乏』という現象があるらしいですが、これに対して「若い時に全ての楽しみを我慢するなんて侘びしい人生だ」という考えと「この人達は今はバカにされているけど将来のミリオネアだ」という人とに分かれます

価値観は観方により大きく異なるのでどちらも正しい意見です

アメリカで面白い実験があり、幼稚園児に「今ならマシュマロを3個あげるけど、1時間後なら5個あげる」と言い、すぐに食べる子と待って多くもらった子では将来の資産が30倍以上開いたそうです

エサを待てる時間も「ネズミ0秒、犬5分、チンパンジー10分」らしく、知能が高いほど待てるようです

自分一人の人生の中で富裕層になるのは多くの楽しみを犠牲にしなければなりません

アクティブ投資は一部の才能がある人しか成功しないので、やはり多くの人はインデックス投資になります

「インデックス投資は20年かかる」と言われますが、普通に人生を送る人にとって40年、50年かかるものだと私は思いますので、やはり生きてるうちの楽しみを極端に減らすのではなく、子供たちに引き継いで子供たちの代で富裕層になればいいと思います

大河ドラマ「べらぼう」の一節で大老が「人々は真面目に生きたいのではないのです!楽しく生きたいのです!」とありますが、楽しく生きる意味でも100年計画で良いと思います

子供に伝えるべきはマネーリテラシーとスマホに複利計算器アプリを入れることだと私は考えています

リスクの少ないインデックス投資で長い年月をかけてマネーマシンを大きくしていくのが庶民から富裕層になるスタンダードな道のりだと思います

 

本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました

 
 

脳は2重構造-3

 

笑うの違い

赤ちゃんの笑顔がかわいいのは左右対称に笑うからです

大人は「ここで笑っておいた方が得か・・・」考えて笑うからそうはいきません

計算があるから笑顔が右か左かにひきつります

決して左右対称にならないのです

そして赤ちゃんは例外なく口元から笑います

口は古い脳の本能と直結しているからです

古い脳は生まれた時から発達しているので、赤ちゃんの口元の笑いは早い

一方、目は新しい脳と関係が深いので生後徐々に発達していくため、口よりも少し遅れて笑います

これが小脳がメインの赤ちゃんと大脳が発達した大人の違いです

本能は口元に直結

新しい脳は目と・・・古い脳は口と直結していると言いましたが、 口元の笑いは本能の笑いと言えます

思わず口元がほころぶ という言葉でもわかる通り、抑えきれない喜びに「笑ってはいけない!」と新しい脳が指令を出しても、古い脳が口元にあらわれてしまいます

「相手の目を見ながら話せ」というのは新しい脳同士の会話で、目は計算が入ってますので容易に本音がわかりません

 口元の観察は意外に重要です

 

よく見かける大脳VS小脳

小脳はウマの脳によく似ており、あらゆる生きる欲求の発生源ですから、食べる、寝るなどの発生源です

一方の大脳は、発展的で「いい仕事をしたい」「目標達成したい」「スキルアップしたい」という欲求の発生源です

何度も述べてきましたが、人間は例外なくこの2重構造です

小脳だけなら動物と同じです

小脳は生きることに直結し、大脳は美しい生き方に進んでいこうとします

周りでよく見かける礼を言えば、ダイエットなどがこの小脳と大脳の闘いになります

小脳は「おいしいもの食べたい」「たくさん食べたい」という欲求の発生源であり、一方の大脳は美に拘りますから「食べると太る」と醜くなることを嫌います

「食べたい」⇒食べる⇒しあわせ・・・の小脳

「やせたい」⇒我慢する⇒美しさを追求する大脳 求める欲求のベクトルが違うわけです

周りでよく見る、大脳VS小脳の闘いです 

 

本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました

 

脳は2重構造‐2

なくても生きていける大脳

『前頭葉』または前頭葉連合とか前頭葉前野と呼ばれている部分がもっとも生きるうえで重要と言われていますが、実はそれがなくても生きていけると言いますので驚きです

たとえば犬の大脳を切除しても、それでも犬は普通に生きています

日影が寒いと日光のあたる場所に移動し、嬉しいと 尻尾も降ります

なんら変わらなく見えますが、名前を呼んでも振り向かなくなりますから「名前の判別」には大脳が使用されていたのがわかります

たぶん「お手」や「お座り」などにも大脳が稼働していたのだと思います

なくても生きていけるとはいっても、人間にのみ大きく発達した前頭葉連合です

人間を理解するうえで大脳を理解することは非常に重要なのは確かです

喜怒哀楽を消す

人間の行動は8割がた感情に支配されると言います

特に暴力を働く、社会生活が困難なほどわがまま・・・・ こんなやっかいな感情を治療に成功した例があります

1932年、リスボン大学のエガス・モーニフが、おでこの両側に2セントほどの穴をあけ、メスで前頭葉を切除する手術をした結果、乱暴者も極悪犯罪者も見違えるように大人しくなったそうです

この手術は絶賛され、1949年にモーニフ教授はノーベル賞を受賞します

しかし、手術後の患者の経過を見ると積極的に乱暴はしなくなったものの、喜怒哀楽はなく、前向きにものごとを考えようとしなくなりました

どことなく無気力で無感情・・・ いわゆる人間でなくなったようと言われるようになり、現在では禁止されている手術だそうです

人間にしか得られない喜び

人間はだれでも大きく発達した前頭葉連合野に

①創造の座 

②意欲の座 

③意志の座 

を持っているそうで、 周りとの関わり合いさえよければ人は誰しもが、これらを使って「何かを成し遂げたい!」そして「成し遂げた喜びを味わいたい!」と思っているそうです

いわゆる、5代欲求の頂点に位置する『自己実現の欲求』のことで「誰かを喜ばせたい」「社会を良くしたい」という欲求があるので、世界は少しづつ便利に、快適に良くなっています

この前頭葉連合野働きをよく理解することが人間を知る最も重要なカギだと思います

 

本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました

 
 

脳は2重構造

 

人間はみなジキルとハイド

人間の脳は古い脳と新しい脳の2重構造であり、脳の発達は主として「新しい脳」になります

「古い脳」は生まれた時から発達済みといってよく、このことは赤ちゃんを観察すればよくわかります

「古い脳」の働きは、快楽、不快、恐れ、怒りなどで、赤ちゃんを見ていれば怒ることも知っているし、 暗闇で寝かせると恐れることも知っているし、おしめがぬれると不快そうにします

おしめを替えると気持ちよさそうにするし、 おなかが減れば騒ぎ出します

「古い脳」は赤ちゃんの時から一人前と言えます

「新しい脳」の神経細胞の絡まり合いは、前頭葉連合の場合で3才前後からであり、ここが絡まり合うと第一次反抗期が始まります

 考える力がつき、やる気も出てくるので生意気さがでてきて「いやだ!自分でやる!」と母親に反発したりします

反発したはいいが、何をするにしても助けてくれる人がおらず、自分でやらなければならない

自分でやってもうまくいかない・・・ 泣きべそをかく・・・じれったがる

でも誰も助けてくれないので、がまんする

しかたなしに自分で考えてまたチャレンジしてみる

子供の新しい脳はこのときに飛躍的に発達するのです

 前頭葉連合の絡まり合いがほぼ完了するのは10才前後です

この頃になるとものごとを深く考えるようになり、時の流れも理解します

思い詰めて自殺もする子も現れたりする

世界的に見ても子供の自殺は10才からです

「古い脳」しかもたない動物は自殺はしないのです

だいたい、犬や猫は人間で言う1歳半くらいのと脳レベルだと言います

「うちのポチ、きつく怒ったら川に身を投げて自殺しちゃった」ということは人類の歴史上いまだ1度もない

「古い脳」は赤ん坊の時のまま死ぬまで変わらず残るので、不快感や怒り、悲しみ、快感など「新しい脳」に抑え込まれているだけでみな持っています

「やだな~」「あの人嫌い」「めんどくさい」「うるさいな!」などは「古い脳」の領域なのに 対して「新しい脳」は発展的です

「できない」⇒「できるためにはどうしたらいいだろう」 「目標を持って行動すべき」「志を実現させたい」などは「新しい脳」の領域になります

人間はみな「ジキルとハイド」なのです

新しい脳と古い脳の2階建て

脳は「新しい脳」と「古い脳」の2階建てですが職場でも、家庭でも、男女の中でもこの2重構造を理解することが重要です

赤ん坊はなぜ泣くのか? おなかが減る=エネルギー不足=生命維持の危機と直結するからです

古い脳に支配されている状態であり、我々はお腹がすいたで泣き出すことがないのは 新しい脳が発達しているからです

前頭葉連合は人間の考える力、やる気、我慢する力と深く関係しています

「創造の座」「意欲の座」「意志の座」の場所とも言われています

 我々は常に自分との闘いがほとんどというわけです

「むかつく」「やだ」「やりたくない」「嫌い」・・・誰でも湧き上がる感情です

これに対し、少し我慢すればいいことだ・・・

やりたくないが今やらねばならない・・・

やな奴だけど、もう少し付き合ってみよう、いいところもあるかも・・・

 前者が古い脳、後者が新しい脳の自分です

我々の思考・性格は、古い脳と新しい脳の闘いの中で形成されてきたと言えるのではないでしょうか?

職場の部下・上司、友人、恋人、親・・・・全員同じ構造です

「あっ、古い脳に支配されてる」

「おっ、新しい脳でしゃべりだした」

こう見れば、人間は意外に理解しやすいです

「どうしてあなたはいつもそうなの!ほんとダメな子ね!」 

ああ、お母さんの古い脳がしゃべりだした・・・

「だいじょうぶ、あなたはやればできる子だから、頑張れば必ずやれるわよ」 

おっ、お母さんの新しい脳がしゃべりだした・・・

なにも大学で心理学を専攻しなくても、簡単に人間を理解できます

古い脳の性格、新しい脳の性格、人間にはこの2つの脳の性格があるんです

考え方の衝突が多くて喧嘩ばかり、でも夜は仲がいい・・・ 

新しい脳の相性は悪くとも、古い脳ではお互い相性がいいのかもしれません

 反論も多くあるかもしれませんが、基本的に人間同士は理解し合えないと思います

理解し合えないけれど許すことは出来ます

 どれだけゆるす事が出来るのかが重要です

その為には、古い脳のAさん、新しい脳のAさんを理解する必要があります

人間しか得られない喜び

前頭葉連合は「創造の座」「意欲の座」「意志の座」があります

 これはあらゆる生き物の中で人間にしかないものであり

 命令されたからやるのではなく・・・

圧力をかけられたからやるのではなく・・・

褒賞金がでるからやるのではなく・・・

自分から進んで取り組むのです

知恵を出す!汗を出す!上手くいかず失敗しても新しい方法、手段を考え再チャレンジする

 工夫を重ねチャレンジする

めげそうになっても、気持ちを奮い立たせてやり抜く

結果、成果が出る、目標を達成する、完成する・・・

この、できた!という喜びが前頭葉連合をフルに使っての喜びとなります

なんくせ付けてすぐ退職する人、出来ない理由ばかりで終わる人はいつも同じことを繰り返します

前頭葉連合の発達不足だと思いますが、人の心は言葉にはあまり表れず、心は行動にあらわれます

親を観ていればわかります

りっぱなことは言わないが、子供の五体に気を配り、3食食わせ、学校を出す

 出来ない理由が10あるなら、出来る方法を11考えるのが前頭葉連合の性情発達した人なのです

この前頭葉連合を使って得られる喜びこそが人間にしか得られない喜びなのです

マズローの欲求5段階で頂上に来る「自己実現の喜び」とは前頭葉連合がフル回転した時に得られる喜びの事であるといえます

 

本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました